サトウキビとコーヒー
植民地から、独立後の帝政期にかけてのブラジルの北東部ではサトウキビのプランテーション栽培が盛んだった。カリブ海諸国と同様に、サトウキビを作る時は労働力としてアフリカから連れてきた奴隷を働かせた。
しかし、米州でも最も遅い1888年にようやく奴隷制が廃止されると、栽培の主流作物もサトウキビからコーヒーへと移り、大量導入していたヨーロッパからの移民を労働力に主に南東部のサンパウロ州を中心にしてコーヒー豆の栽培が進んだ。
その後ヨーロッパ諸国と移民の待遇を巡って対立すると、今度は日本人移民獲得のため、1908年に第一回目の日本人移民が行われた。
サトウキビは砂糖の原料になるだけでなく、バイオエタノールに精製されてガソリンの代わりの燃料に使われている。
コーヒーの輸出量は、世界第1位である。これは、人的労働が重要なコーヒー生産において、なにより安い労働力を得やすいという事情に因るところが大きいが、霜の降りにくい高台地帯の広いことも幸いしている。しかし、コーヒーの過剰生産により、国際価格が暴落。コーヒーへの依存度を下げるために、とうもろこし・大豆・サトウキビなどの栽培が奨励された。






